新潟青陵大学

卒業生紹介

いくつになっても、病気になっても、生きたいように生きられる。人生を支えることも、看護だと思う。看護師 早川 佑美さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

お年寄りは、ためになることをたくさん教えてくれる。だからいっしょに過ごすのが子どもの頃から好きでした。この仕事をめざそうと思ったきっかけは、認知症患者と看護師のふれ合いを綴ったマンガとの出会い。読んでいくうちに、どうすれば記憶を失っていく人の世界に自分が入っていけるのか、考えるのが好きになって。専門書を買って認知症のことを調べるようになっていました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

今の職場では、糖尿病の患者さんを主に担当しています。自分で血糖値を測り、インスリンを注射して、体調や食事を管理していく生活を余儀なくされるので、その指導にあたるのも私の役割です。役立つ知識を少しでも提供できるように、糖尿病治療のエキスパートをめざす研修プログラムに参加したり。良くならなかった症状が良くなってよろこんでもらえたときが、何よりうれしいですね。

力になりたい「新潟」への想い

看護師になって3年目。でも、まだ目の前にある仕事をこなすことで精いっぱい。患者さんへの気配りが足りなかったり、ゆっくり話をする時間がとれなかったり。早く一人前になれるようにがんばらないと。病気を抱えながらの暮らしでも、より長く、より納得できる人生が送れる環境をつくりたい。新潟で生きていくお年寄りの笑顔を増やせる自分になりたいと思っています。

誰かを支えることができても、支えられない人がたくさんいるような世の中では悲しい。保健師 松井 祐子さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

中学のとき通院したことがきっかけで看護の世界に進もうと決めていました。保健師になろうと気持ちが変わったのは大学3年。精神病院でアルバイトをしたときです。社会復帰できる状態でありながら生活に馴染めない、支えるご家族がいないといったことから、何十年も入院生活を送る人たちがいることを知りました。受け入れ体制を社会や地域につくる仕事がしたいと思ったのが保健師を選んだ理由です。

仕事のなかで感じた「やりがい」

保健師になって1年。未熟児のいるご家庭の訪問指導や、エイズなどの感染症の担当をしていますが、なかでも若者たちの性感染症を予防する活動には力が入りました。小中学校や高等学校から性教育の講師を依頼されて全校生徒の前で授業をしたり。「HIV(エイズウィルス)に感染する人は1日に何人いるでしょう?」「性感染症にかかる確率、知っていますか?」用意した質問に対する子どもたちの真剣なまなざしが、私にやる気を与えてくれます。

力になりたい「新潟」への想い

知りたいけど情報が近くにない。誰かに聞きたいけど聞けない。それが性感染症です。窓口に来る高校生の相談にも乗っているのですが、やってはいけないことを教えるだけでは知識の押し売りになってしまう。身体や命の大切さを伝えることが大事だとつくづく感じます。ただ、地元といっても直接かかわれる人の数は限られています。だからこそ、社会や地域に影響を与えることがしたいと思うんです。

そこは病院なのに「おめでとうございます」がたくさん聞こえてくる場所。子を産み育てることの楽しさを伝えていきたい。助産師 三冨 好美さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

人の役に立ちたいという気持ちがずっとどこかにあって、小さな頃から看護師という職業に憧れていました。保健師や養護教諭をめざす選択肢もあるということで大学に入ったのですが、3年のとき病院実習で実際のお産に立ち会って、自分のめざす道がはっきりしました。お母さんが自分の力で産もうとしている。その力を引き出すお手伝いをするのが助産師なんだ、と感動してこの仕事を選んだんです。

仕事のなかで感じた「やりがい」

助産師は、お母さんだけではなく赤ちゃんの命も預かっています。現場に出て責任の重さを痛感していますが、無事赤ちゃんが元気に産まれ退院したときや、「三冨さんがいてくれて心強かったです!」と名前を覚えてもらえたときは本当にうれしいですね。いつも心掛けているのは、表情や姿から気持ちをくみとり、読みとること。相手を理解していないと、自分も理解してもらえません。

力になりたい「新潟」への想い

お産は痛くて辛いものと、経験するまでは誰もが思うはずです。でも、赤ちゃんと出会えば、痛さや辛さは忘れてもっと産みたいと気持ちは大きく変わるもの。まだ2年目なので助産師としての知識や技術をもっと身につけていきたいと思いますが、お産は楽しいと思える感動も伝えていける助産師になっていきたいですね。この新潟で子どもを産んで育てたい、と思える人を増やしていくためにも。

ケガで不安になるときもあれば、キズが心にできるときもある。子どもたちから、ひとつでも多くの元気と笑顔を引き出せる自分になりたい。養護教諭 井澤 麻衣子さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

中学にも高校にも、保健室にはいつも大好きな先生がいました。体調を崩したときはもちろんですが、進路の相談にも乗ってもらったり。看護師や保健師も考えてはいたのですが、子どもとふれ合える養護教諭にも憧れるようになりました。高校3年のとき、先生から「あなたなら素敵な先生になれるわよ」という言葉をもらって決めました。“からだの専門家”として信頼される先生になろう、と。

仕事のなかで感じた「やりがい」

ケガや病気の対処をしたとき、よく手紙をもらいます。児童からは「ありがとう」、親御さんからは「お世話になりました」と書かれてあると、この仕事を選んでよかったと思いますね。ただ、ケンカのときの対応の仕方や、悩みを打ち明けられない児童への声の掛け方など、考えさせられることも多い毎日。担任の先生と連携しながら自分をレベルアップさせていきたいと思っています。

力になりたい「新潟」への想い

インフルエンザが蔓延したときは地域の医師を招いて保護者向けの勉強会を開いたり、1年から6年まで学年ごとに児童の発育に合わせた健康づくりを考える“からだプロジェクト”を運営するといった活動も。学生時代、看護の知識や技術を学んだことが生きています。新潟で成長していく子どもたちから、ひとつでも多くの元気を引き出すことができる存在になれるようにがんばります。

心に問題があるだけで、障がい者と思われてしまう。ふだんの姿を知ってもらうだけで、生きやすくなる人たちがいる。精神保健福祉士 間 なつみさん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

祖母が介護を受け、叔母がケアマネージャーだったこともあって、福祉職にはもともと興味がありました。私自身も高校時代、スイミングスクールでコーチのアルバイトをしていたとき、知的障がいがあるお子さんの担当に。実際にふれ合ってみると、自分で生活もできるのに偏見をもたれるのはどうなんだろうと疑問を感じて。福祉を詳しく学んでみたくなって入学しました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

病院内にある医療福祉相談室で、精神障がいがある患者さんの社会復帰をお手伝いしています。心掛けているのは、この人には何でも話せるという雰囲気づくりですね。情報提供だけで終わりにしたくないんです。愚痴を言ってもらえるだけでも価値があります。雑談のなかに本人を知る大事なことが隠されていたりするので。「相談してくれてありがとう」って必ずお礼を言うようにしています。

力になりたい「新潟」への想い

そもそも精神保健福祉士をめざそうと決めたのは、在学中に現場実習で障がいがある人を支えてみて、施設や病院ではなくて、生まれた家や育った地元で生活してもらいたいと思ったから。調子が悪いときは疲れやすいとか熱が出たりするだけで、日常生活でも支障のない人が本当に多いんですよ。こころに傷をもつ人たちと、いっしょに悩んで、いっしょに次の一歩を考える。そんな自分でありたいですね。

新潟が好きです。だから、それまで介護を知らないふりをしてきた人にも、知ってもらえる機会をつくっていきたい。介護福祉士 松園 広規さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

家に帰るといつもおじいちゃんやおばあちゃんと遊んでいるような子どもでした。高校生になって進路を考えはじめる頃には、なんとなく介護職に就こうと決めていましたが、大学に入学したときは福祉の教員になる道もまだ頭のなかにありました。ただ、1年目に介護実習で施設に行ったとき、すごく楽しかったんですね。高齢者を相手にする仕事が自分には合っているとはっきりしました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

僕が担当する利用者さんは、多いときで30人。それぞれに生きてきた人生がありますし、習慣も違えば価値観も違います。一人ひとりに合った介護サービスを行うためには、まずこころを開いてもらうこと。挨拶の仕方やちょっとした気配りがとても大事なんです。またここに来たいと言ってもらえたり、僕の名前を覚えようと名札を探す様子を見たりすると、やっぱりうれしくなりますね。

力になりたい「新潟」への想い

夏には盆踊りを企画したり、スタッフが講師となって介護の講習会を実施したりと地域との密着を心掛けています。僕はこの新潟が好きですし、この仕事をつづけることで地元の方々といっしょに介護について考えたり、盛り上げていくことができればと。それまで手を貸してこなかったとしても、自分に介護が必要になったときのために詳しくなっておいてもらいたいですから。

「指示する」だけでは子どもの自立は止まってしまう。「援助する」にはどんな支え方があるんだろう。終わりなきテーマです。保育士 五十嵐 真紀さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

保育園の頃から、ずっと親しくさせてもらっている保育士のかたがいます。やさしくて、明るくて、手遊びもたくさん知っているかたで、保護者からも慕われていました。小学校の卒業文集には“保育園の先生になりたい”とすでに書いていましたね。現場に出て1年。大人の目線にならないように、いつも子どもの目線を意識すること。大学での保育実習が役に立っています。

仕事のなかで感じた「やりがい」

2歳児を担当してみて感じるのは、1週間でも大きく成長していくということ。その姿を目の当たりにできるのがやりがいです。まだまだできないことも多いので守ってあげることも大事ですが、自分でできたよろこびを感じてもらう援助が大事。「遊びましょう!」「静かにしなさい!」といった指示ではなく、子どもごころを引きつける声かけのレパートリーを増やすことが、今の私の課題です。

力になりたい「新潟」への想い

海、山、そして雪。新潟は自然も豊かで、新潟でしかできない遊びもたくさんあるはず。その魅力を当たり前だと思わずに、保育士としてしっかり伝えていきたいです。子どもたちに地元を愛する気持ちをもってもらいたいですから。ずっと付き合っていく友だちや、いつも支えてくれる家族を大切にするという、いちばん基本的なことにも気づいていってほしいと思います。

別の人間である以上、相手の気持ちはわからないと思うんです。だから、わかろうとする努力が大事なのではないでしょうか。医療ソーシャルワーカー 富樫 美香さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

「人の悲しい気持ちをケアしたい」。はじめは心理学やカウンセリングの方法を学びたくて入学しました。ただ、医療や福祉に関する授業を受けていくうちに、こころだけではなく人の生活そのものを援助したいと思うようになったんです。3年のときの実習で、病院の医療相談室に通って患者さんの悩みを聞いたことが決め手になって、今の仕事に就こうと思い社会福祉士の資格を取りました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

入院しても治療費を払うお金がない。退院しても介護できる家族がいない。そんな患者さんやご家族の生活課題を解決していく仕事ですが、「お世話になりました。ありがとう」と言われても、あまり素直によろこべません。もっとやれることはないのか、と思ってしまいますし、終わりがないんです。自分の行動しだいなので。責任の重さを感じますが、それがやりがいなのかもしれません。

力になりたい「新潟」への想い

退院後もずっとサポートしていくことはできません。だからこそ、悩みや困難を本人の力で乗り越えていけるように支えることが大事だと思うんです。「つらいですよね」と相手に共感できる気持ちは大切ですが、そのとき私は何をするべきか、自問自答するようにしています。私との出会いがきっかけでその人らしい生活が送れるようになる人を、この街に一人でも増やしていければうれしいですね。

元気のいい挨拶。しっかりとした受け答え。まずは自分が信用される人間にならないと、人を守ることなんてできない。ビートエンジニア 和田 佳太さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

祖父が介護を受けていたことが、この世界に進んでいくきっかけでした。困っている人の役に立てる仕事に就きたいと思ってはいたのですが、迷いもあって高校3年のとき進路指導の先生に相談したんです。そのとき、「福祉の道に進むのが和田には合っているんじゃないか」と言われて。いつか地元である佐渡に戻って幅広く活躍したかったので、ソーシャルワークコースに入学しました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

はじめは社会福祉士をめざしていましたが、世の中を学んでいくうちに、企業でも福祉の知識やマインドが求められていることを知りました。そこで社会に安心や安全を提供していくこの会社を選んだのです。1年目は、現場を学び経験を重ねていく期間。ビートエンジニアとして個人宅や企業からの通報などに対応しながら、設置するセキュリティーのプランを提案したり。やりがいを感じています。

力になりたい「新潟」への想い

この業界は、新人もベテランも、お客様から見れば関係ありません。人々を危険から守るプロフェッショナルとして、まずは自分が信用される人間にならないと。挨拶や受け答えにも毅然とした態度でのぞむように心掛けています。ずっと地元で暮らしたいと思ってもらうためには、どんな環境が必要なのか。安心して住める町づくりに少しでも貢献していきたいと思っています。

いろんな人が、いろんな相談で訪れる窓口で働けるということは、ここから新潟を元気にしていけるということ。銀行員 山田 郁恵さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

もともとは保育士になりたくて進学しました。一般企業への就職を考えるようになったのは、実習で足を運んだ保育園やボランティアで通っていた子育て支援センターで、悩みを先生に相談するお母さんたちの多さを目のあたりにしたからです。支えたい相手が、子どもから大人へと変わっていきました。いろんな人の望みや考え方にふれながら、自分も成長していける仕事に就きたいと思ったんです。

仕事のなかで感じた「やりがい」

福祉で大切なのは、人とのかかわり。それは銀行でも同じです。家計をやりくりする主婦、会社を経営する人、年金生活のお年寄り・・・いろんなお客様が訪れます。仕事のこと、ご家族のこと、昔話をされるかたもいらっしゃいます。話を聞いてもらいたい人に気持ちよく帰っていただくことも、やりがいのひとつ。頼られたり、自分の名前を覚えてもらえたりすると、やっぱりうれしいですね。

力になりたい「新潟」への想い

人の話を聞くのが好きですし、おしゃべりも好きです。2年目を迎えた今、お金のことでもこころの面でもお客様にもっと満足していただきたいので、かかわりをさらに深めていきたいと思っています。いろんな人が、いろんな相談で訪れるこの窓口で働けるということは、ここから新潟を元気にしていけるということ。地元で暮らしていくことが楽しいと思ってもらえるようにがんばります。

病気と一生をともにする人がいる。それでも、その人らしく生きるために、私に何ができるのか。いつも考えています。看護士 小林 矩子さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

はじめは何となく医療関係の仕事がしたいなと思っていました。でも高校3年のとき、新潟中越地震を体験して気持ちに変化が起きたんです。地震の被害で自分のことだけでも大変なのに、近所の人が自宅で療養中だった私の祖父のことまで気にかけてくれたり、温かい言葉をかけてくれたり。人の優しさを感じたのと同時に、「自分はなんて無力なんだろう」という想いがわいて。誰かの力になりたいと、看護師を志望しました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

糖尿病など生涯付き合っていく病気を抱えた患者さんは、ずっと自分の病気と向き合って生きています。ですから、みなさんすごく病気のことに詳しいんです。ある患者さんは、はじめ私が新人ということもあって目も合わせてくれませんでした。でも、わからないことはきちんと勉強して、いつも笑顔で接していたら、2ヵ月後には冗談を交わすほどに。看護師という仕事は、信頼関係が大切ですね。

力になりたい「新潟」への想い

祖父が小千谷の人に大切にしてもらったように、私も身近な大切な人たちの力になりたい。それが新潟で育って、新潟で学ばせてもらった私の恩返しだと思っています。だからこの場所でずっと看護師をつづけたい。まだ1年目。まずは経験を積んで自信をつけていくことが今の目標です。自信のない看護師は怖くて信頼できませんからね。私と出会った人を少しでも元気にできる存在になれればと思っています。

大切に思うから住民と顔を合わせる。何でもないときからつながっているから顔の浮かぶ保健師でいられる。保健士 山岸 ちひろさん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

保健師として働きたいと思ったのは地域看護学実習へ行ったときです。住民の方々が保健師に気軽に声をかけている光景を目の当たりにしました。歩いていると「保健師さ~ん」と声がかかる。そのこころの距離の近さは、実習をするまで思い描いていた保健師像とはまったく異なりました。実際には暮らしにとても近い看護職だと知り、住民の方々の健康を守るこの仕事に興味がわきました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

働いて1年目。まだまだ聖籠町の方に知られていないので、「何かあったら山岸さんがいる」と思い出してもらうためにも、家庭訪問は大切にしています。町を歩いていても、道端で健康相談がはじまったりと、住民の方との距離はとても近いと思います。時間があれば地区へ出て、多くの人と出会えることが楽しみです。最近では私宛に指名で相談の電話をいただくことが増えて、とてもうれしいです。

力になりたい「新潟」への想い

全地区合計で約2,800人を担当しており、やっと地区ごとの特色が見えてきました。今は一人ひとりと向き合い、支援の方法を考えながらかかわることが中心となっています。今後は、個から地区、地区から町全体へと目を向けられるようになりたいです。今、住民のかたに育てていただいている分、将来は、頼りにしてもらえるような保健師をめざします。

「自分が産んだ」という自信が、育児をするときのこころの支えになる。お母さんがそんな気持ちをもてるように導くことも、私の大切な仕事です。助産師 保坂 麻美さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

小さい頃から看護師をめざしていて、それは入学してからもしばらく変わりませんでした。ところが2年の冬。私が看護を勉強しているということで、姉が自分の出産に立ち合わせてくれたんです。分娩室に赤ちゃんの産声が響き渡ったとき、今までの人生で味わったことがないほど感動しました。涙がどんどんあふれて止まらなくて。「助産師になる」、そう決めた瞬間でした。

仕事のなかで感じた「やりがい」

初産でもすぐに産まれることはあるし、初産ではないのにすごく時間がかかることもある。出産は本当に一人ひとりまったく違うものなんです。だからこそ不安になっているお母さんを勇気づけることも助産師の大切な仕事です。出産を終えたお母さんから「陣痛から分娩まで、保坂さんがずっといっしょだったから心強かったです」とお言葉をいただいたりすると、胸がいっぱいになりますね。

力になりたい「新潟」への想い

夜通しご主人がとなりに付き添ったり、家族や友だちが何度も励ましにいらしたり。長岡の人の優しさや絆の強さは陣痛室にいても強く感じます。そんな大切な人たちのためにも、出産後はお母さんたちには自信をもってもらい、さらにいきいきと人生を歩んでほしい。産婦人科病棟の助産師として、生涯にわたってこの町の女性をさまざまな場面で支えられる存在になりたいです。

ケガをすると痛い。心だって同じ。保健室はそれを教える場所でもある。人も自分も大事にできる子どもたちを育てたい。養護教諭 渡邉 文美さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

小学生の頃の保健室が私の原点です。体調が悪い友だちやケガをした友だちをよく連れて行ったのですが、先生に会うと泣いていた友だちが笑顔になる。みんなが元気になる。私もそんなふうに人を元気にできるようになりたいと思い、養護教諭をめざすようになりました。自分なりの強みをもつために、看護が学べる看護学科へ。保健室の先生はやっぱり医療に詳しい方が安心だと思ったからです。

仕事のなかで感じた「やりがい」

骨折の疑い、熱中症の疑い、インフルエンザの疑いなど。保健室にはさまざまな子どもがやってきます。素早い対処ができ大事に至らなかったときなどは、保護者から感謝の手紙をいただくこともあるんです。うれしいですね。でも何よりやりがいを感じるのは「先生ありがと、がんばってくるね」と、さっきまで元気がなかった子どもが保健室を出ていくとき。私まで笑顔になります。

力になりたい「新潟」への想い

小学校4年生の保健学習で、「育ちゆく体とわたし」という授業を担当しました。「命が受け継がれて、すごく大切な存在として今あなたはここにいるんだ」ということを伝えました。子どもたちには、自分も人も大切にできる大人になってほしい。私が育ってきた頃と同じように、これからも新潟が温かい町でありつづけるために。体とともにこころの成長も小学校の保健室から全力でサポートしていくつもりです。

できないことを責めるのではなく、できるようになったことをいっしょによろこび合う。自信をもって社会復帰してもらえるように。医療ソーシャルワーカー 中村 あゆみさん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

昔からボランティア活動でお年寄りと接する機会も多く、いっしょに時を過ごしながら人の役に立てる仕事に就きたくて福祉を考えるようになりました。オープンキャンパスで医療ソーシャルワーカーという仕事の存在を知り興味を持ちました。ちょうど祖父が体調をこわした時期でもあり、病気だけでなく患者さんの心の不安や辛さと向き合い、ともに乗り越える力になりたいと思ったのがきっかけです。

仕事のなかで感じた「やりがい」

私が働く精神科のデイケアには、精神障害を患い通院されている方がリハビリのために訪れます。最初は人と交流できず無表情で、コミュニケーションをまったく取れなかった方が、少しずつですが変わっていく姿を見るのは本当にうれしいものです。プログラムを重ねるうちに、昨日の晩御飯の話をしてくれたり、5分間のフリートークができるほどに回復したり。一歩一歩がんばっていく姿に胸を打たれます。

力になりたい「新潟」への想い

利用者の方々は、私たちの心情にすごく敏感です。自信がないことを口にするとすぐに見抜かれます。自信をつけるには、失敗から逃げずに必ず原因を考えること。日々、勉強です。今は新潟から離れていますが、将来は長岡で自分の経験を生かせたらと思います。利用者にとって安心できるデイケアをめざし、ひとりでも多くの人が安心して暮らせる街づくりに貢献していきたいと考えています。

年をとっても、ひとりじゃない。お年寄りが安心して暮らせる国は、誰もが安心して暮らせる国だと思います。介護福祉士 福嶋 裕さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

祖母が近所の老人ホームにいたので、よく遊びにいっていました。そのとき、祖母にやさしくしてくれる介護福祉士さんに興味をもったのがきっかけです。大学で介護を本格的に学びましたが、覚えるだけの勉強では全然ダメだということも痛感。大切なのはマニュアルではない。マニュアルを目の前にいる一人ひとりの相手の立場に置き換えて実践することです。誰ひとり同じ人間はいませんからね。

仕事のなかで感じた「やりがい」

介護の仕事に、「してあげる」という気持ちは禁物です。その考え方では、相手のためではなく自分に都合のいいように考えてしまうからです。大切なのは、人生の先輩として尊敬しながら同じ目線で考えること。とても難しいことですが、その積み重ねが信頼関係を生んでいきます。「福嶋君、きのう休みだったでしょ?せっかく来たのに」と利用者の方から名前で呼ばれると、信頼していただいているなと実感できます。

力になりたい「新潟」への想い

いずれは地元の佐渡に帰りたいという想いもあり、役に立てる実力をつけるべく一つひとつ挑戦していくつもりです。ひとりでできることではありませんが、夢は、「年をとってもひとりじゃない」と心から思えるお年寄りを増やすこと。行政も巻き込みながら、みんなが安心して暮らせる社会をつくる一役を担えればと思っています。まずは、ケアマネージャーの資格取得を目標に勉強と経験を積んでいます。

私の元気が、子どもたちの元気に。そして、家族や地域の元気に。新潟の元気をつなげていきたい。保育士 目黑 有香さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

「子どもが好き」という思いから、高校生の頃には「将来子どもにかかわる仕事がしたい」と考えていました。そして、人が生きていく上で特に重要な時期にある子どもたちの育ちに、私もかかわりたいと思い、保育士を志しました。新潟青陵大学で保育に加えて福祉や心理を幅広く学んだことは私の強みです。だからこそ、これからも幅広い視野で子どもの育ちと子育て家庭を支えていくことに努めていきたいと思っています。

仕事のなかで感じた「やりがい」

2歳児の担任をするなかで大切にしていることは、子どもの話を最後まで聞き、気持ちを受け止めること。思うように気持ちを表現できないときには、「こう言いたかったの?」と代弁し、必要な場面では友だちとのかかわりの仲立ちになります。そんなやりとりのなかで、子どもたちの表現が豊かになり、こころとからだがどんどん成長していく場にいられることがとてもうれしいですね。

力になりたい「新潟」への想い

新潟は、海、山など自然が豊かで地域ごとに個性があります。だからこそ、地元の魅力を保育士として子どもたちにしっかり伝えていきたいです。遊んだり、食べたり、いろいろな経験を保育園の内外ですることで、まわりの人を大切にしたり、思いやる心を子どもたちにもってほしいと思います。そのためにも、私自身が大好きな新潟で子どもたちとの毎日の生活を思いきり楽しみ、いっしょに成長していけたらと思っています。

福祉と心理を学んで得たものは、相手を大事に思う気持ち。それはどんな仕事にも必ず生きてくるはずです。事務スタッフ 前山 真実さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

心理学を4年間じっくり学びたいと思い新潟青陵大学へ。就職活動では一般企業の事務職を受けていましたが、あるとき特別養護老人ホームにも事務職の仕事があることを知ったんです。見学に行ったところ、そこでは働く方々がすごくいきいきして。自分に合うと直感で思いましたね。福祉も学んでいたのでお年寄りと過ごす楽しさや魅力も知っていましたし、これなら役に立てると今の職場に決めました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

経理、文書管理、来客対応が毎日の仕事。でもクリスマス会やぶどう狩りなど月一回ある行事では、事務職員もお年寄りとふれ合う機会があります。私は介護職ではないので本格的な介助はできませんが、大学時代に福祉施設の実習にも行ったので簡単な手伝いならできる。「ありがとう」と言っていただけると、「この人たちのためにがんばろう」って普段の仕事にも気合が入ります。

力になりたい「新潟」への想い

就職して1年。目の前の仕事を一生懸命覚えている真っ最中なので大きな話はできませんが、私の使命は利用者のお年寄りが生活しやすく、ここで働く職員も働きやすい環境を裏方になってどれだけつくっていけるかだと思っています。古くからこの巻地区に根付いている白寿荘東を、今まで以上にもっともっとここに住む方々から愛される場所にしていきたい。支える力になりたいと思っています。

ひとり暮らしのお年寄りにも大きな会社の経営者にも話ができるということは、新潟の「今」を動かすことができるということ。銀行員 渡邉 竜介さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

保育士をめざして入学しましたが、就職活動をしていくなかで自分の可能性を試してみようと一般企業も視野に入れたのが今の仕事を選んだきっかけです。銀行に入って気づいたのは、経済や経営の知識と同じくらいコミュニケーション力が重要だということです。お客様は経営者から主婦までさまざま。実習で子どもやお年寄りなどいろんな立場の人と接してきたのでその経験が生かせると思いました。

仕事のなかで感じた「やりがい」

支店のある長岡で、1日に訪問するお客様は20軒ほど。1軒にあまり時間がかけられないのも事実です。だからこそ、一度の機会を濃密にしたい。提案よりもまずはじっくりと話を聞くようにしているのはそのためです。他愛もない話を通じて相手を知り、自分を知ってもらうことで、本音で語ってもらえたり商談につながることもしばしば。心を開いてもらえたときは、絶対この人のためになる提案をしようと思う瞬間でもあります。

力になりたい「新潟」への想い

人とかかわるのは得意な方ですが、経済や経営などの知識はまだまだ未熟ですので、資格を取得するなど勉強を進めています。知識とこころ。この両輪で新潟の企業をもっともっと元気にしていくことが私の夢です。会社が元気になれば、働く人も元気になる。経営者のかたからも、個人のお客様からも「元気をもらえる銀行マン」と言われるように、これからも成長していきたいですね。

築いてきた人とのつながりが私の強み。この人脈を生かして、新潟の活性化に貢献したい。旅行営業 松浦 光洋さん

「自分らしさ」を見つけたキッカケ

介護実習で知らない世界をのぞいたり、友人たちとダンス部を創設したり。大学時代はとにかく積極的に動いて、ここでしかできない経験と人とのつながりをつくりましたね。心理学を学ぶために進学したとはいえ、何でもチャレンジしました。現在は教育旅行の営業を担当。主に小中高生の学校行事の旅行を企画提案しています。

仕事のなかで感じた「やりがい」

特別支援学級と通常学級の子どもたちがいっしょに行く修学旅行を担当したときのこと。バリアフリーの施設かどうか、食事の場所は全員が食べやすいかどうかなどは、福祉を勉強していたからこそ気づけたポイントでした。事前チェックの甲斐もあって、みなさんに満足していただける旅行になりました。

力になりたい「新潟」への想い

ずっと新潟で暮らしてきただけに、私には人との太いつながりが地元にあります。その絆と今までの経験を生かして将来は、観光、福祉、教育などを絡めた町づくりにかかわる事業を起こしたい。具体的にはこれからですが、私がパイプ役になって、まだつながっていない人と人、人と物をつなげていければと思っています。